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2018年8月に作成された記事

2018年8月30日 (木曜日)

ブータン留学生を、くいものにしたとの報道記事


「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(1)

首相懇談会で飛んだ怒号今年4月、安倍晋三首相と会談するブータン
のトブゲイ首相。この前日、留学生と懇談したのだが……(C)時事 
東京の気温が20度近くまで上がり、春らしさが増していた今年4月10日午
後――。東京・日比谷の帝国ホテルで、ブータンから来日中のツェ
リン・トブゲイ首相と在日ブータン人留学生との懇談会が開かれて
いた。 会場となった「桜の間」では、この日の夕方、日本政府関
係者も出席しての首相歓迎会がある。トブゲイ首相は翌11日、安倍
晋三首相との会談も控えていた。そんな多忙な日程を縫い、首相が
留学生たちと会ったのには理由がある。ブータン政府にとって日本への
留学生送り出しは、2017年から進める国策なのである。
ブータン労働人材省が主導するプログラムのもと、昨年春から
735人のブータン人留学生が来日し、日本語学校に入学した。ブータン
は人口80万人足らずの小国だ。ブータン人留学生の数は、人口
比で見れば日本への「留学ブーム」に沸くベトナムにも匹敵する。
「桜の間」には、100人近い留学生たちが集っていた。彼らに向か
い、ブータンの民族衣装に身を包んだトブゲイ首相から激励のスピーチ
がなされた。本来であれば、形式に沿って静かに終わる会である。
しかし、会場から首相に飛んだ発言で空気が一変した。「留学
生たちは皆、日本で大変な苦労をしています。ブータンで背負った
多額の借金を返済するためアルバイトに追われ、勉強どころではあ
りません。進学はおろか、来年の日本語学校の学費さえ払えない
状況なのです」 英語で発言したのは、民族衣装の中年女性だった。
会場の留学生から、少し遠慮がちに拍手が巻き起こる。「留学を斡旋し
ているブローカーは、日本語学校から斡旋料を得ていて……」 
女性がそこまで話したところで、壇上脇にいたブータン人男性が
女性に対し、声を荒げ怒鳴った。「あなたは何者なんだ! 
どんな資格で会に参加しているのか!」 首相まで出席した
会だというのに、会場は異様な空気に包まれた。留学生たちも男性
の剣幕に呆気にとられている。「幸せの国」として知られるブータ
ンから、国の期待を担い留学生として送り出された若者たち――。
日本で彼らに、いったい何が起きているのか。日本語勉強の時間も
なく 日本が受け入れた外国人留学生の数は2017年
末時点で31万1505人に上り、前年から12%以上増えた。政府が2008
年から進めてきた「留学生30万人計画」も、策定から10年で、目標
の2020年を前に達成されたわけだ。 ただし同計画の達成は、多額
の借金を背負い、出稼ぎ目的で入国する“偽装留学生”が急増した
結果である。彼らは本来、留学ビザの発給が認められていない。し
かし、留学生を増やし、彼らを労働力として利用する思惑から、政
府は経済力のない外国人にまでビザを発給し続けている。つまり同
計画は、政府ぐるみのインチキによって達成されたと言える。 留
学生の増加は止まる気配がない。“偽装留学生”の送り出し大国と
なったベトナムやネパールに加え、最近では他のアジア新興国でも
日本への「留学ブーム」が起き始めている。その1つが「
ブータン」なのである。 ブータンの首都ティンプー出身のドルジ
君(仮名・20代)は昨年、東京近郊の日本語学校の留学生として来
日した。初年度の学費など留学費用の70万ニュルタム(約115万円
)を借金してのことだ。20代の大卒給与が月3万円程度というブー
タンでは、かなりの大金である。 留学ビザの取得には、アルバイ
トなしで留学生活を送れる経費支弁能力が求められる。しかしドル
ジ君の家族には、そんな経済力はない。支弁能力があるよう見せか
けるため、預金残高や収入をでっち上げた書類は、ブータンの留学
斡旋ブローカーが準備した。 来日後は、2つのアルバイトをかけ
持ちし、留学生のアルバイトとして認められる「週28時間以内」に
違反して働いている。留学のために背負う多額の借金、で
っち上げの数字が記された書類でビザを得るやり方、また法定上限
を超える就労など、ドルジ君は典型的な“偽装留学生”のように映
る。 だが、ベトナムなどの多くの“偽装留学生”とドルジ君には
違いがある。彼はブータンの一流大学を卒業したエリートなのだ。
「日本に留学したのは、大学院に進学したかったからです。ブロー
カーからは、日本語学校を修了すれば、大学院に入学できると説明
を受けました。進学しない場合も、簡単に仕事は見つかる、と。で
も、すべて嘘だった」 ブータンの公用語はゾンカ語だが、小学校
から英語が教えられている。ドルジ君も英語での会話に不自由はな
い。 彼は日本語学校に通う傍ら、ホテルで掃除のアルバイトをし
ている。午前中は週6日のペースで働いた後、午後
から授業に出席する。加えて週3~4日、コンビニ弁当の製造工場で
夜勤に就く。夜勤のある日は、ほとんど睡眠時間もない。「体力的
にきついです。日本語を勉強したくても、時間がありません」 ド
ルジ君の表情は、憔悴しきっていた。ブータンにいた頃の写真を見
ると精悍で、別人のように生き生きとしている。日本に来て数カ月
で、体重も5キロ以上減ったという。 ブータン人留学生の多くが
、ドルジ君と似た生活を強いられている。母国の首相に対し、苦境
を訴えたくなるのも当然だ。 ブローカーの甘い言葉に騙されて日
本へ留学するというパターンは、ベトナムなどでも「留学ブーム」
の初期に見られた。彼が日本へ留学した経緯を詳しく振り返ってみ
よう。甘い罠だらけの「契約書」 ドルジ君が日本
留学のチャンスがあると知ったのは、来日1年近く前、友人からの
情報だった。その頃、大学卒業を間近に控え、彼は進路について悩
んでいた。「ブータンで公務員になる道もありました。だけど、僕
はもっと勉強したかった。金銭面で余裕のあるブータン人には、大
学院からオーストラリアに行くケースもある。しかし僕には無理で
した。そんなとき、日本へ行けば大学院に進学できると聞き、説明
会に参加したのです」 説明会を開いたのは、「ブータン・エンプ
ロイメント・オーバーシーズ」(BEO)という留学斡旋会社である
。BEOについては後に詳しく述べるが、日本に住んだ経験を活かし
、日本人旅行者の現地ガイドなどをしていたブータン人男性が設立
した会社だ。 ドルジ君ら数名のブータン人留学生によ
れば、BEOの担当者からこんな説明があったという。「日本に行け
ば、留学中でもブータンでは考えられないほどの大金を稼げる。留
学生は週28時間までしか働けないという法律はあるが、違反して働
くことは難しくない。ブータンではプラスチック製品の輸入や使用
が制限されているが、国内には溢れているだろう(それと同じで、
日本の法律にも建前と本音がある)。留学費用の借金だって短期間
で返済できる」「ブータンで大学を卒業した人は、日本語学校を修
了すれば大学院にも進学できる。進学せずに就職したければ、日本
側のエージェントが仕事を斡旋してくれる」 多くのブータン人に
とって日本は憧れの国だ。その日本で専門的な仕事に就けると考え
、ドルジ君は夢を膨らませた。そして彼は、BEOが用
意した契約書にサインする。そこには次のような文言が載っている
。〈(日本での)学費と生活費は、BEOの日本代理人であるライト
・パス社(Light Path
Co.)が斡旋するアルバイトで賄われる。(アルバイトを通じ)候
補者(留学生)は最低でも年収111万ニュルタム(約180万円)が得
られる。希望者は(大学院への)進学も可能。〉〈日本語学校を修
了後、ライト・パス社は大卒者に対し、正社員としての仕事を斡旋
する。その際の年収は、各人の技能、経験、実績、勤務態度によっ
て最低150万ニュルタム(約243万円)から最高300万ニュルタム(
約486万円)となる。〉 留学中に得られるという年収「約180万円
」は、月収に直せば約15万円である。「週28時間以内」で働いたと
して、最低でも時給1200円程度のアルバイトに就く必要がある。日
本語に不自由な外国人の場合、賃金が割り増しになる夜勤の肉体労
働をしても稼ぐのが困難な金額だが、アルバイトの内容につい
ての説明は一切ない 一方、大卒者は日本語学校を修了すれば就職
先が斡旋されるとし、やはり具体的な年収額まで書いてある。ただ
し、就職や進学に必要な日本語能力などは示されていない。 普通
に考えれば、いかにも怪しい話である。しかし、現地の若者には日
本に関する知識がない。そしてBEOは、労働人材省から免許を得て
いている歴とした業者である。契約書にも、同省のお墨付きを証明
する言葉があった。〈ブータン労働人材省が、渡航前の語学研修費
用は負担する。〉 同省はBEOと組み、2017年4月から「The Learn
and Earn
Program」(学び・稼ぐプログラム)という制度を始めていた。日
本側の日本語学校の入学時期である4月、7月、10月にブータンから
留学生を送り出す。その名のとおり、日本で「稼ぐ」ことを前提に
したプログラムである。(つづく)____________
「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(2)差し替えら
れた「契約書」「後出し」された2通目の契約書。1通目にあった好
条件はすべて消えていた(筆者撮影) 日本にブータンの若者を留
学生として送り出しているブータンの斡旋会社「ブータン・エンプ
ロイメント・オーバーシーズ」(BEO)と契約書を交わした後、ド
ルジ君(仮名・20代)は3カ月間に及ぶ日本語の研修を受けること
になった。その傍らで、留学ビザ取得に向けた手続きも、BEOの手
配で着々と進んだ。ビザを審査するのは、日本の法務省入国管理局
と在ブータン日本大使館だ。両者から経費支弁能力の証明書類の提
出を求められた際に備え、書類もBEOが用意してくれた。「証明書
には、預金残高は約230万ニュルタム(約373万円)程度、月収
は約10万ニュルタム(約16万円)といった数字が載っていた。もち
ろん、どちらも全く嘘の数字です。そんな貯金があれば、オースト
ラリアに留学していた。親の収入だって契約書に書かれた金額の3
分の1以下です」 留学資金70万ニュルタムの借り入れ先となった
のはブータン政府系の銀行だ。「学び・稼ぐプログラム」を通じた
留学生は皆、同じ銀行から資金を借りている。金利は年8パーセン
トで、5年後までに完済する契約だ。月々の返済額は約1万4000ニュ
ルタム(約2万3000円)に及ぶ。借金は大きなリスクだが、日本に
行けば「短期間で返済できる」というブローカーの言葉を信じた。
 そして日本への渡航が翌月に迫っていた頃、思わぬことが起きた
。ドルジ君ら留学予定者に対し、BEOが新たな契約書にサイン
するよう求めてきたのだ。2通目の契約書は、当初のものと大きく
内容が違っていた。 まず、日本側の代理人が「ライト・パス社」
から「SND」という会社に変わっていた。さらには、1通目にはなか
った以下の文言も加わった。〈候補者は日本の法律によって、(日
本語学校)学期中は週28時間、長期休暇中はそれより少し多いアル
バイトに従事することが認められる。〉〈日本語学校で日本語能力
試験N2に合格した者に対し、正社員としての仕事をSNDが斡旋する
。〉「週28時間以内」というアルバイトの法定上限、さらには就職
の条件として「N2」が加筆されている。一方で、1通目の契約書に
あった日本語学校在籍中、また就職後の収入額は丸ごと消えていた
。 この時点で、ドルジ君らは契約を破棄することもでき
た。しかし、説明会から数えて半年以上も準備を重ね、家族の期待
も膨らんでいる。今さら日本行きを辞めたところで、ブータンです
ぐに仕事が見つかる当てもない。当初交わした契約書で、留学を辞
退すれば「5万ニュルタム」(約8万円)の違約金が発生することに
もなっていた。違約金の存在も、ドルジ君が契約破棄に踏み切れな
かった大きな理由である。「僕たちが辞退できないとわかって、BE
Oは突然、新しい契約書を出してきた。BEOに騙されたんです」 ド
ルジ君には現在、月15万円程度の収入がある。しかし、毎月2万円
以上に及ぶ借金の返済に加え、ブータン人の友人3人とシェアする
アパート代も月2万円程度かかる。さらには来年分の学費も貯めな
ければならず、生活に余裕はない。そもそもアルバイト漬
けの生活で、肝心の日本語はほとんど上達していない。「このまま
日本にいても、大学院進学や就職は無理でしょう。ブータンに戻っ
ても、月2万円以上の借金返済を続けられるような仕事には就けな
い。どうしていいか、全くわかりません」連絡先も知らされず 本
稿(1)の冒頭で紹介したトブゲイ首相と留学生の懇談会は、筆者
も会場の外で耳を傾けていた。会の途中で、首相に随行してきたブ
ータン政府幹部と話す機会もあった。 ブータン人留学生が日本で
直面する苦境、経費支弁能力のない留学生を日本へと送り込む「学
び・稼ぐプログラム」の正当性などについて質問をぶつけると、幹
部は困惑した表情で答えてきた。「私には、プログラムがそう悪い
ものだとは思えませんよ。留学生たちは目的どおり
、学び、稼いでいる。日本政府だって正式にビザを発給しているじ
ゃないですか。いずれにせよ、詳しいことは担当の労働人材省に尋
ねてください」 そしてこう念を押すことも忘れなかった。「記事
を書くなら、くれぐれも私の名前は匿名でお願いします」 幹部の
口が重たいのには理由がある。後述するが、「学び・稼ぐプログラ
ム」はブータン国内で、トブゲイ政権の行方にも影響しかねない汚
職事件の源になっているからだ。 政府幹部と立ち話をしている最
中、遠巻きに私たちを見ている日本人男性がいた。男性は以後、筆
者がエレベータに乗り込み「桜の間」のフロアから離れるまで、行
動を監視し続けていた。関係者によれば、ブータン人留学生にアル
バイトを斡旋している日本人業者とのことだった
。 BEOが日本の代理人として契約書に明記した「ライト・パス社
」、「SND」という2つの会社について、インターネットで検索して
みた。しかし、そんな名前は全く出てこない。不思議なことにドル
ジ君ら留学生たちも、誰ひとり両社の連絡先すら持っていなかった
。 さらに不可思議なのは、BEOという留学斡旋業者である。こち
らの電話番号やメールアドレスも、留学生たちは手渡されていない
。2通の契約書にもBEO経営者のサインがあるだけで、連絡先が載っ
ていない。 筆者につきまとっていた男性の、刺すような視線が脳
裏に焼き付いている。BEOや日本側の日本語学校と組んで始めたビ
ジネスに対し、余計な邪魔者が入ることが気に食わなかったのだろ
う。 留学生たちが証言するように、BEOというブローカー
は彼らを騙し、日本へ留学するよう導いたのか。ブータン労働人材
省も同社と一体なのか。そしてブータン側のプロジェクトに協力す
るかたちで、彼らに留学ビザを発給した日本政府にも責任はないの
だろうか。(つづく)____________
> 「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(3)ブローカ
ーを持ち上げた『朝日新聞』の罪ブータンから留学生を送り出した
青木薫氏を取り上げた、『朝日新聞』2017年10月28日付記事(筆者
撮影)「幸せの国」として知られるブータン――。そのブータンか
ら2017年、留学生として来日したドルジ君(仮名・20代)は、日本
で不幸な暮らしを強いられている。母国で背負った借金の返済のた
め、アルバイトに明け暮れる毎日だ。肝心の日本語の勉強は捗らず
、このままでは目標の大学院への進学も難しい。 ドルジ君は、ブ
ータン労働人材省が昨年から始めた日本への留学制度「The Learn
and Earn
Program」(学び・稼ぐプログラム)で来日した。同プログラムを
利用し、日本の日本語学校へ入学したブータン人は735人を数える
。人口80万に満たないブータンでは、かなりの数である。なぜ、こ
んな制度がつくられたのか。 ブータンでは長く絶対君主制が敷か
れていたが、2008年に立憲君主制へと移行した。そして立憲君主制
となって2度目の総選挙があった2013年、ツェリン・トブゲイ現首
相率いる国民民主党へと政権交代が起きた。その際、同党が掲げた
公約の1つが「若者の失業対策」だった。 しかし、効果はあまり
上がっていない。ブータン全体の失業率は3%程度だが、15~24歳
の若年層に限っては10%以上とされる。とりわけ若者が求めるホワ
イトカラーの仕事が足りていない。 ドルジ君によれば、彼のよ
うな大卒でも仕事が見つからず、職を求めて海外へ行くケースが多
いという。「主な渡航先は中東諸国で、モールなどの店頭で働くケ
ースが目立ちます。英語を活かしてのことですが、あまりよい仕事
とは言えません」 そんななか、日本に留学して日本語学校を修了
すれば、大学院に進学したり、専門の仕事に就けるとの話が舞い込
んだ。しかも、日本語学校に在籍している間も、ブータンでは考え
られないほどの金が稼げるという。多くの若者が「学び・稼ぐプロ
グラム」に殺到したのも無理はない。声を荒げた斡旋会社「経営者
」と日本人妻 だが、このプログラムには落とし穴があった。労働
人材省と連携し、留学を斡旋するブローカーが当初示した契約書に
は、日本での収入や就職に関し、ブータン人が喜
ぶ条件が並んでいた。そして契約を結ばせた後、渡航直前になって
内容の異なる契約書を持ち出し、留学希望者に再びサインさせてい
る。完全な「後だし」である。 しかも留学生たちは、日本で待っ
ている生活について全く知らされていなかった。ブローカーが2通
目の契約書で就職の条件に挙げた日本語能力試験「N2」合格にしろ
、彼らは難易度も理解せず来日している。母国で3カ月ほど日本語
を学んで日本にやってきて、徹夜のアルバイトに追われるブータン
人には、「N2」合格は実質不可能なハードルだ。「学び・稼ぐプロ
グラム」を中心になって進めているのは、「ブータン・エンプロイ
メント・オーバーシーズ」(BEO)という留学斡旋会社だ。日本人
旅行者などを相手にガイドをしていたジュルミ・ツェワ
ン氏というブータン人男性が営んでいる。同プログラムで来日した
735人のうち、700人はBEOが斡旋した。 筆者が関係者から入手し
た留学生の費用明細には、彼らがBEOに支払う手数料は1人当たり5
万7000ニュルタム(約9万2000円)とある。加えて、日本側の日本
語学校からも、留学生の斡旋料がBEOに支払われた可能性が高い。
ベトナムなどでは、留学生1人の斡旋につき「10万円」が相場であ
る。BEOにも同程度のキックバックがあったとすれば、留学生から
の手数料と合わせ1人当たり20万円近い収入だ。つまり、1億円をゆ
うに超える収入があったことになる。 費用明細には他にも細かな
内訳が載っているが、そのなかには日本の在外公館への「土産代」
まで計上されている。よもや在外公館がブローカーから土産を受け
取るとは思えないが、そのぶん留学生の借金も増える。 ベトナム
などの「留学ブーム」では、現地の若者の無知に付け込み、多くの
ブローカーが斡旋ビジネスで荒稼ぎした。BEOも同様の手口を
ブータンに持ち込み、利益を上げたのか。 BEOに取材をしようと
したが、連絡先が見つからなかった。ドルジ君ら数人のブータン人
留学生に尋ねても、同社の電話番号やメールアドレスを渡されてい
ないのだ。インターネットで検索しても、会社のホームページも見
つからない。 実は、筆者はBEO経営者のツェワン氏と東京で遭遇
しかけたことがある。本稿(1)の冒頭で紹介したトブゲイ首相と
の懇談会で、会場から留学生たちの苦境を訴える発言があった際、
声を荒げ、必死で打ち消そうとしたのが彼なのだ。やはりツェワン
氏は表に出たくない理由があって、連絡先を公表していないのか。
取材を続けていると、関係者からこんな情報がもたらされた。「ツ
ェワン氏の妻は日本人で、現地で日本語学校を営んでい
る。この学校は日本へ渡る留学生の語学研修も一手に引き受けてい
て、夫婦で送り出しに関わっていると見て間違いない」 留学生の
送り出しには、日本語学校などとのやり取りを始め、日本とのコネ
クションが要る。ベトナムなどでも現地の日本人が日本語学校の運
営に関わり、留学生斡旋をビジネスにしているケースは多い。留学
生を送り出す日本人女性 ツェワン氏の妻は青木薫氏という女性で
ある。2011年にブータン初の日本語学校「ブータン日本語学校」を
設立し、現在まで校長を務めている。 関係者の間では、青木氏は
ブータンの発展に尽力する日本人として有名だ。内閣府の「平成29
年度 アジア・太平洋
輝く女性の交流事業」報告書では、「輝く女性」の1人として紹介
されている。今年6月、河野太郎外相がブータンを訪れた際には、
在留邦人を代表してレセプションへも招かれた。 2017年10月28日
の『朝日新聞』朝刊「be」面も、彼女のことを2ページにわたって
報じている。各界で活躍する人物を紹介し、インタビューする連載
企画「フロントランナー」というページである。 記事によれば、
青木氏は1959年生まれで、ツェワン氏と結婚後、日本での看護師の
仕事を辞めてブータンに移住したのだという。移住は1996年とある
ので、現地在住20年以上のベテランだ。 記事が載った昨年10月は
、BEOによる留学生の送り出しが始まって半年が経過していた。記
事にも、送り出しについての記者と青木氏のやり取りがある。
記者「この10月、380人を超える生徒を日本に送り出しました。国
に金を借り、日本でアルバイトすることを前提に学ぶやり方には批
判もあります」青木氏「でも誰が強制したわけでもなく、彼らは挑
戦しようとしています。日本が持つ誠実さや勤勉さを学んでほしい
と思っています」記者「どうやって挑戦をサポートしていきますか
」青木氏「基本的に日本からブータンに足を運んでいただき、顔の
見える関係を築けた日本語学校にお預けしています。アルバイトを
含め、しっかり生活の面倒を見てくれるか、自己主張の弱いブータ
ンの子どもたちの特性を理解してくれようとしているかも重視しま
した。いい加減な学校には行かせません」「380人」という留学生
の数は、昨年10月に「学び・稼ぐプログラム」でBEOが日
本へと送り出した「382人」とほぼ一致する。それを否定もせず答
えていることから、やはり青木氏は夫のツェワン氏とともに送り出
しを担っているようだ。留学生の過酷さには知らんぷりの『朝日新
聞』 それにしても、朝日の記者は青木氏にインタビューする前、
ブータン人留学生たちを取材したのだろうか。留学生送り出しに関
する質問にしろ、単に青木氏の主張を聞いているに過ぎないのであ
る。 青木氏は留学生たちを「いい加減な学校には行かせません」
と胸を張る。だが、筆者が取材した留学生には、日本語学校が「寮
」として用意した一軒家の3部屋に、20人以上で押し込まれていた
者もいる。3カ月分の寮費7万5000円は、BEOを通して前金で支払っ
ていて、すぐに退去もできない。1人から月2万5000円、全
員の寮費を合わせると日本語学校には月50万円以上が入る。寮があ
るのは東京都内の外れで、決して家賃の高い場所ではない。日本語
学校による寮費のボッタクリは横行しているが、これほどひどいケ
ースは筆者も見たことがない。そんな学校のどこが「いい加減な学
校」ではないのか。 そもそも「日本の誠実さや勤勉さ」を学ぶと
いっても、留学生のアルバイト先はベトナム人などの“偽装留学生
”で溢れる職場ばかりだ。日本人の同僚などほとんどいない。そう
した事情も、青木氏なら十分にわかっているはずである。 朝日の
インタビューは、こんなやり取りで終わっている。記者「生徒を『
子どもたち』と言っていますね」青木氏「私にとっては20歳を超え
ても、生徒はいとしい子どもたちなんです。だから
心配もするし、叱ることだってある。みんなが元気で戻ってきてく
れることを心底願っています」 ブータン人留学生たちが記事を読
めば、激怒するに違いない。彼らはブータンに戻りたくても、多額
の借金を抱えて戻ることすらできないのだ。 よほど『朝日』は青
木氏が気に入ったようで、ブータンからの人材受け入れを取り上げ
た2018年1月7日付け電子版『GLOBE』でも、彼女のコメントを記事
のブータンの項の締めに使っている。「ブータンには世界中から良
いオファーが来る。世界の中で日本の位置が変わったことを、政治
家たちはわかっていない気がする」 筆者がブータン人留学生、同
国の事情に詳しい関係者たちから得た情報とは全く違う。ブータン
の若者に対して「世界中から良いオファー」など届い
ていない。だからこそ留学生たちは、多額の借金までして「学び・
稼ぐプログラム」に飛びつくのだ。『朝日新聞』の罪深さには呆れ
返るしかない。同紙は自他ともに認める「弱者の味方」だが、ブロ
ーカーに騙され来日し、借金の返済と学費の支払いのため日本で奴
隷のごとく酷使される留学生の問題について知らんぷりを続けてい
る。その理由については、この連載で繰り返し書いてきたので、過
去の拙稿(2018年4月11日「ベトナム人留学生「『朝日新聞』配達
」違法就労の闇(上)」)をご覧いただきたい。(つづく)___
_________
「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(4)ブローカー
の「詭弁」BEOが留学生に渡した費用明細。日本大使館への「手土
産代」まで計上されている(筆者撮影) ブータン初の日本語学校
「ブータン日本語学校」の校長であり、留学斡旋会社「ブータン・
エンプロイメント・オーバーシーズ」(BEO)の経営者ジュルミ・
ツェワン氏の妻でもある青木薫氏は、『朝日新聞』、さらには内閣
府も認めるような「輝く女性」なのだろうか。それとも営利目的で
、夫とともにブータンの若者たちを日本へと斡旋しているだけなの
か。 7月8日、青木氏とツェワン氏に対し、フォーサイト編集部か
ら取材依頼と質問状を送ってみた。送った先はブータン日本語学校
のアドレスである。そして確認の電話を学校に入れると
、日本語教師を務める日本人女性が応対した。青木氏は日本に一時
帰国中で、携帯番号すら知らされていないという。取材依頼のメー
ルについても、またツェワン氏が経営するBEOという会社について
も「何も知らない」との答えだった。 教師が校長の連絡先も知ら
ず、校長の夫が営む会社についても「知らない」ことなどあり得る
のか。そもそもこの学校は、BEOと一体となって日本へと留学生を
送り出している。 不審に思っていると、数日後にツェワン氏から
メールで返信が届いた。質問状の英訳を送ってほしいという内容だ
った。返信の最後には、自らの肩書きが「ブータン日本語学校 デ
ィレクター」とあった。ツェワン氏はBEOのみならず、同校の運営
にも関わっているわけだ。 ツェワン氏に英訳した質問
を送ると、筆者がブータンまで取材に行けば、インタビューを受け
るという。ブータン行きは無理だと伝えると、しばらく連絡が途絶
えた。その後、繰り返し回答を促した結果、期限を数日過ぎた7月
末にやっと返事があった。 筆者が送った質問は、青木氏へのもの
を含め11項目である。それに対し、ツェワン氏からの答えはA4用紙
で8ページに及ぶ長文だった。以下、主な質問と回答の要約である
。――留学希望者への説明会で、BEOの担当者は「日本に行けば、
日本語学校在籍中でも月30万円は稼げる」「週28時間を超えて就労
することも簡単」といった話をしたのか。「そんな話は全くしてい
ない。あなたがインタビューした留学生たちが嘘をついている」―
―なぜ、2つの契約書が結ばれていて、内容が全く違うの
か。「留学中に得られる年収の111万ニュルタム(約180万円)とい
った数字は、労働人材省からの指示で削除した。ただ、この金額が
得られない場合は、BEOもしくは日本のエージェントが差額を補填
する。就職の条件として『N2』を加えたのも、同様に労働人材省の
求めがあってのことだ。 N2取得の必要性については、留学希望者
に当初から強調して伝えていた。今さら彼らが不満を述べていると
すれば驚きだ。これまで留学生たちからの苦情は一切出ていない。
(2通目の契約時点で)留学生たちが当初の契約書に従いたいなら
、それをBEOは尊重するとも伝えている」――BEOの日本代理人であ
る「ライト・パス社」と「SND」の所在地と連絡先を教えてもらい
たい。「SND(ライト・パス社から改称)は福島市に拠点を置
いているが、所在地や連絡先を教える権限はわれわれにはない」―
―私が取材したブータン人留学生たちには、日本の留学ビザ取得に
必要な経費支弁能力を有する者が1人もいない。親の銀行預金残高
や収入の書類に関し、BEOが偽造したと証言しているが。「他国か
らの留学生とは異なり、ブータン人の場合は政府が支援するローン
を得ている。そのため(預金残高や収入など)他の書類の必要性が
免除されている」日本大使館の曖昧で巧妙な答え ツェワン氏は書
類の偽造については回答を避けたうえで、「書類の必要性が免除さ
れている」と答えた。「免除」の真偽について、ブータン人留学生
のビザの審査業務を担った在ブータン日本大使館に尋ねてみた。同
大使館の答えは以下のとおりだ。〈留学希望者が在外
公館で留学目的のビザ申請を行う際には、法務省入国管理局が発行
する在留資格認定証明書の提出が必要となっています。在留資格認
定証明書があったとしても、在外公館から申請人に経費支弁能力を
立証する書類の提出を求める場合があります。なお、ブータンの場
合、審査に関して「The Learn and Earn
Program」を理由として必要書類の提出を免除することは行ってお
りません〉 わかりにくいので、留学ビザ申請の流れを整理してみ
よう。ビザ申請はまず、留学先となる日本語学校などが入管当局に
行う。そして入管の審査に通れば、在留資格認定証明書が交付され
る。その証明書を留学希望者もしくは代理のブローカーなどが在外
公館へ持参し、審査に通ればビザが発給される仕組みになっている
 在ブータン日本大使館は「学び・稼ぐプログラム」に対する書類
の免除は否定している。その点は、ツェワン氏の主張と食い違う。
ただし、実際に提出を求めたとも言っていない。いったいどういう
ことなのか。入管業務に詳しい法務省関係者に解説してもらった。
「不法残留などの問題が多いベトナム、中国、ネパ
ール、バングラデシュ、ミャンマー、モンゴル、スリランカの7カ
国の留学希望者に対しては、入管は在留資格認定証明書を交付する
際、書類の提出を必ず求めています。その他の国の場合も、審査官
の裁量で提出を求めるケースがある。そのため日本語学校などに対
し、書類を準備しておくよう指導しています。ブータンは7カ国以
外のため、審査官が書類を提出させず、簡単な申請書だけで認定証
明書を出してしまった可能性がある。同様に在ブータン日本大使館
も、書類の提出を求めていないこともあり得ます」 在ブータン大
使館としては、審査時に書類を提出させたと認めれば、でっち上げ
書類を受け入れビザを発給したと批判されかねない。一方、経費支
弁能力のない「学び・稼ぐプログラム」の留学生を
優遇したとの非難も避けたい。同大使館は2つの批判を避けるため
、官僚らしい曖昧かつ実に巧妙な答えをしてきたのだろう。 同大
使館や入管当局がブータン人留学生に関し、書類の提出を求めたの
かどうかはわからない。ただし、複数の留学生が「BEOが書類を偽
造した」と証言している。一方でツェワン氏は、偽造の有無につい
ては答えていない。それを踏まえると、BEOが大使館などからの要
求に備え、書類を偽造していた可能性は否定できない。 同様の偽
造は、ベトナムなど「7カ国」でも当たり前のように続いていて、
しかも留学ビザも発給されている。経費支弁能力の有無を無視した
ビザ発給という問題は、何もブータンに限ったことではないのであ
る。「留学のチャンスが拡大」したのか ツェワン氏か
らの回答には、他にも以下のような文章があった。「日本で苦難に
直面している留学生は全体の1割程度で、生活態度に問題のある者
ばかりだ」「ブータンは人口78万足らずの小さな国。国民すべてが
知り合いのような環境で、われわれが留学生を騙せる余地はない」
「あなたに誤った情報を流され、私たちこそ彼らに騙されたと感じ
ている」 一方、青木氏からは、最初に質問を送って約1カ月が経
った8月6日に回答が届いた。「学び・稼ぐプログラム」の正当性に
関し、彼女の見解はこうだ。「海外留学は限られた一部の若者だけ
が可能でした。Learn and Earn
Programにより、留学のチャンスが拡大しましたので肯定していま
す」 筆者は10人近いブータン人留学生を取材した。複数のルート
を使ってのことである。そのうちの数人とは3カ月以上にわたって
繰り返し会い、信頼関係をつくっていった。確かに彼らはBEOに対
して憤っている。とはいえ、同社を貶めるため、口裏を合わせ、嘘
をついているようには思えない。 留学生たちは皆、当初は筆者の
取材を拒んでいた。身元がバレることを極端に恐れていたからだ。
 労働人材省が進める「学び・稼ぐプログラム」に異議を唱えるこ
とは、政府自体への批判にも通じる。ブータンのように民主化の歴
史が浅く、しかも村社会のような小さな国では、政府には絶対的な
権限がある。恨みを買えば、帰国後にどんな仕打ちが待
ち受けているかも知れない。大学を出たばかりの若者たちにとって
は、いくら異国であるとはいえ、ジャーナリストへのタレ込みは相
当の勇気と覚悟が必要だ。そんなリスクを冒してまで情報を提供し
てくれたのは、いかに彼らが日本で追い込まれているかの証しであ
る。 もちろん、留学生たちの自己責任も完全には否定できない。
青木氏が述べているように「海外留学のチャンスが拡大」したと喜
び、「誰が強制したわけでもなく」甘い誘いに乗ってしまったのだ
。その意味で、非がないとは言えない。とはいえ、彼らはブータン
という小国で育った、社会経験もない若者なのだ。「留学」から「
就職」へとシフト 実は、ツェワン氏は7月下旬、日本を訪れブー
タン人留学生たちと会っていた。留学生たちに就職
を斡旋するためである。「日本のエージェントに35万円を払えば、
就労ビザが手に入る」 そんな勧誘がツェワン氏からあったという
。事実関係を確かめようと彼に追加質問を送ったが、締め切りを過
ぎても回答はない。 安倍政権が留学生の就職増を「成長戦略」に
掲げた影響で、就労ビザの取得要件は大きく緩んでいる。日本語学
校に在籍中でも、就労ビザを取得する留学生が急増中だ。日本語能
力などなくても、母国の「大卒」という資格でビザが取れてしまう
。ただし、増加する留学生の就職には、専門的な仕事に就くための
ビザを取得し、実際には工場などで単純労働に就く“偽装就職”も
横行している(2017年9月25日「増加する『偽装留学生』の『偽装就
職』闇システム」参照)。 こうした現状にツェワン
氏も目をつけたのかもしれない。しかし、日本での就職には、「N2
」合格が条件だったはずである。合格しなくても「35万円を払えば
、就労ビザが手に入る」ことなど契約書のどこにも書いていない。
これでは学費の支払いに苦労する留学生たちに付け込み、「就職」
をエサにさらに金をむしり取ろうとしているだけではないか。そも
そも彼は、なぜ来日中に筆者のインタビューに応じず、ブータンへ
来るよう求めたのか。 ツェワン氏が「留学」から「就職」の斡旋
にビジネスをシフトしているとすれば、理由がある。BEOによる留
学生の送り出しは、2018年4月を最後に停止している。ブータン労
働人材省が政府系銀行を通じた留学希望者への資金貸し付けを止め
たからである。「稼ぎ・学ぶプログラム」をめぐって、
同省の汚職事件が問題となった影響だ。そしてこの事件は、今年9
月に迫った総選挙の行方まで左右する可能性がある。(つづく)

> 「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(
5)ブータン「汚職問題」との繋がり 今年1月、
反汚職委員会の調査が労働人材省に入ったことを報じる地元メディ
アの記事。写真に写っているのが同省の建物(『The
Bhutanese』HPより)「日本に留学すれば、日本語学校に在籍中で
も月20~30万円は稼げる。留学費用の借金だって短期間で返済でき
る」 そんな甘い言葉で留学希望者を募るやり方は、ブータンに先
駆けて日本への「留学ブーム」が巻き起こったベトナムなどアジア
の新興国で、ブーム初期に斡旋ブローカーがよく使っていた。 現
地の若者が日本の事情に疎いことにつけ込み、彼らを「留学」とい
う名の出稼ぎに誘い込む。留学生の数を増やし、ビジネス拡大を目
論む日本側の日本語学校とタッグを組んでのことである。 一方、
ブータンに限っては、他のアジア諸国には見られない特徴がある。
それは「学び・稼ぐプログラム」という名のもと、政府が主導して
日本へ留学生を送り出していることだ。ブータン労働人
材省の敏感な反応 同プログラムの中心的存在として留学生の斡旋
を担っている「ブータン・エンプロイメント・オーバーシーズ」(
BEO)については、ここまで詳しく書いてきた。そのBEOと一体とな
って、プログラムを推進してきたのがブータン労働人材省である。
 労働人材省にも見解を尋ねようとしたが、取材はBEOと同様に難
航した。まず、同省の広報担当者に取材を依頼すると、「学び・稼
ぐプログラム」を統轄するシェラブ・テンジン雇用人材部長ら2名
の幹部に連絡するよう指示があった。テンジン雇用人材部長は、『
朝日新聞』(2018年1月7日付け電子版『GLOBE』欄)がブータン人
材の送り出しを肯定的に報じた際には、本稿(3)で取り上げたブ
ータン日本語学校の青木薫校長とともに取材に応じている。
 指示に従い、テンジン部長ら2人に英文の取材依頼を作成して送
ると、1週間以上も経って返事が届いた。返信の主はテンジン部長
のアシスタントで、取材の可否は答えず、筆者の勤務先、役職、会
社の連絡先などを尋ねてくるものだった。 先に送ったメールには
、私が「フォーサイト」に外国人労働者問題を連載しているフリー
のジャーナリストだと説明し、他のネットメディアに寄稿した英文
記事のリンクなども添付していた。にもかかわらず、「勤務先」な
どを尋ねてくるというのは解せない。仕方なく、私自身について再
度説明したメールを送って反応を待っていると、こんなことがあっ
た。 筆者とアシスタントのメールのやり取りは、雇用人材部の数
名にシェアされていた。そのうちの1人が同僚に宛て
た英文のメールが、誤って私にも届いたのだ。そこには口語調の軽
い文章で、こう書かれていた。〈同僚の皆さん。こんな取材に応じ
る必要などありませんよ。海外の政府機関だって(ブータン)外務
省を通しているのだから〉 取材依頼と一緒に送った質問では、「
学び・稼ぐプログラム」の詳細も尋ねていた。その内容に対し、メ
ールを書いた雇用人材部の担当者がいら立っているのは明らかだっ
た。 労働人材省が取材を嫌がるのには理由がある。「学び・稼ぐ
プログラム」は、同省を舞台とした汚職事件として問題になってい
るのだ。 今年1月には、政府の「反汚職委員会」による調査が同
省に入った。当時ですでに約500人に上っていた日本への留学生に
対し、1人につき70万ニュルタム(約115万円)が貸し付
けられた経緯と内訳、BEOが独占する斡旋業務などへの不透明さが
指摘されてのことだ。調査の過程で、労働人材大臣が一時休職した
ほどである。現地事情に詳しい関係者が言う。「大臣にまで賄賂が
渡っているかどうかは別にして、労働人材省の一部にはブローカー
から金が流れたという噂がある。さもなければ、1社がプロジェク
トを独占し、大きな利益を上げることなど考えられない。このスキ
ャンダルは、次期総選挙の争点にもなっているほどの大問題なので
す」 ブータンでは今年9月に5年振りの総選挙があるが、ツェリン
・トブゲイ首相率いる与党「国民民主党」の劣勢が伝えられる。政
権交代が起きれば、いったん収束した反汚職委員会による調査が再
開するとの見方もある。そうした背景もあって、労働
人材省は筆者からの取材依頼に敏感な反応になっているようなのだ
。BEOとの関係を薄く見せたいが 同省担当者のメールが誤って届
いた直後、その内容どおり、アシスタントから「外務省を通して取
材の申請をするように」との連絡があった。とはいえ、「学び・稼
ぐプログラム」は労働人材省が主導する制度で、外務省とは関係な
い。 労働人材省による時間稼ぎとしか思えなかったが、指示に従
うしかない。外務省への取材申請メールを準備していると、同じ日
の夜に突然、アシスタントから質問への回答が届いた。同省内でど
んなやり取りがあったのか知る由もないが、回答は以下のとおりだ
。――2017年4月に始まった「学び・稼ぐプログラム」はブータン
労働人材省の制度なのか。そうでないとすれば、同省
はいかに関わっているのか。「労働人材省はカナダやオーストラリ
アにも留学生を派遣している。日本で(留学の)機会があるとの情
報がもたらされた際、われわれは自国の若者が日本の労働文化や技
能に触れ、教育を受ける機会とみなした。 あらゆる経済状況の若
者が留学の機会を得られるよう、政府は『海外教育技能向上貸し付
けスキーム』を創設し、日本へ行く留学生たちに提供することにし
た」――同プラグラムを通じて日本に留学したブータン人の数は。
「労働人材省はブータンと日本のエージェントと協力し、2018年6
月までに735人の若者を送り出してきた」――同プログラムでエー
ジェントを務めるのは、BEOだけなのか。「BEO
は唯一のエージェントではない。(エージェントを挟まず、東京
の日本語学校)TIJ東京日本語研修所と共同で、ブータンでIT(情
報技術)の学位を取得した若者を日本へと送ろうともしている。労
働人材省が留学生たちを直接派遣できれば、彼らの費用負担も減ら
せると考えてのことだ」――ブータン労働人材省は現在、TIJ東京
日本語研修所と共同で留学生を募集しているが、BEOは関与してい
るのか。「労働人材省とTIJが直接やりとりしていて、BEOは関係な
い」 そしてBEOが留学生の経費支弁能力に関する書類を偽造した
疑いについては、こんな答えが返ってきた。「『学び・稼ぐプログ
ラム』は(ブータン)政府の支援によって、ブータンの若者の技能
と教育を向上させるための制度である。(留学生の)預金残高
はブータン王国政府が立ち上げた『海外教育技術向上貸し付けスキ
ーム』が支援している」 BEO経営者のジェルミ・ツェワン氏と同
じく、肝心の偽造問題には答えを避けている。しかも回答の内容が
デタラメだ。預金残高は政府のスキームが支援していると労働人材
省は主張するが、政府系銀行から貸し付けられたのは、あくまで当
初の留学資金である。留学生たちはブータン政府からの仕送りがあ
るわけでもなく、留学後は学費や生活費を自分で稼がなければなら
ない。つまり、日本側が留学ビザ発給の条件とする経費支弁能力は
有していないのだ。そのことを労働人材省として認めたくないのだ
ろう。 同プログラムで来日した735人の留学生のうち、700人はBE
Oが派遣した。つまり、労働人材省とBEOが一体で進めた
ものである。しかし回答を見る限り、労働人材省はBEOとの関係を
薄く見せたいようだ。 BEO抜きで、労働人材省がTIJ東京日本語研
修所と進めるという留学生の送り出しは、同省ホームページに募集
要項が載っている。TIJに在籍する1年8カ月の間に日本語能力試験
「N2」に合格すれば、日本で就職の道が開かれるとある。しかし、
N2の難易度については説明がない。また、留学資金は金融機関から
借り入れするよう書いてあるだけで、留学ビザ取得に必要な経済力
、日本でのアルバイト事情などについても述べられていない。これ
ではBEOが関係しなくても、さらに同プログラムの犠牲者を増やす
だけである。(つづく)_________
「幸せの国」ブータン留学生の「不幸せ」な実態(6・了)在ブー
タン日本大使館の回答ブータン労働人材省のホームページ。さらに
犠牲者を増やすような日本留学プログラムが掲載されている 経費
支弁能力のないブータン人が留学ビザを得ている現状について、ビ
ザを発給する立場の在ブータン日本大使館はどう考えているのか。
以下、同大使館から書面で届いた答えである。〈ブータンに限らず
、留学生が多額の借金をして、その借金を返すために、留学生に対
して包括的に認められている週28時間以内の資格外活動許可の範囲
を超えてアルバイト等に従事している場合は、憂慮すべき問題です
。これが問題になっている国の日本の在外公館では、就労目的で日
本に留学しないように政府への働きかけや広報を行
っていると承知しております。当館としても、当然のことながら、
ブータンからの留学が適正に実施されることが重要であると考えて
おりますところ、当国からの留学生が急増している現状等を踏まえ
、本省とも協議しているところであり、できる限り情報収集に努め
ると共に、今後ともブータン政府と協議していく考えです。6月に
当国を訪問した河野(太郎)外務大臣は、(ダムチョ・)ドルジ外
相との間で、留学生が効果的に本来の留学目的を達成できるよう両
国政府で協力することで一致しています〉 長々としたコメントだ
が、質問の答えにはなっていない。本稿(4)でも書いたように、
同大使館は「学び・稼ぐプログラム」の留学生に対し、経費支弁関
連の書類を免除していないと言いつつ、実際に書類
を提出させ、審査したかどうかについて明言を避けた。書類の提出
を求め、きちんと審査していれば、留学生たちが日本で苦しむこと
にもならなかったのだ。 在外公館が「広報」をやっていると言う
が、そんな活動に実効性が期待できないことは、すでにベトナムな
どで証明済みだ。ベトナムを始めとする“偽装留学生”の送り出し
先行国では、現地の若者がブローカーに騙される時代は過ぎ、日本
の状況を熟知したうえで、出稼ぎを目的に来日する「確信犯」が増
えている。 一方、「学び・稼ぐプログラム」の正当性については
、こんな回答だった。〈一般に、外国の若者が日本に留学して日本
語の学習を行い、日本の文化や生活に触れて親日家が醸成されるこ
とについては有意義であると考えておりますが、
その大前提は、かかる留学が我が国の法令を遵守した上で行われる
ことです。ビザ(査証)の発給については、引き続きこのような考
え方に基づき、本人からの申請書その他の書類等により適正に審査
を行っていく方針です〉「学び・稼ぐプログラム」の是非について
は触れず、一般論として〈親日家が醸成される〉留学制度を肯定し
ている。しかし現状は、「親日」よりも「反日」の外国人が増える
結果を招いている。 留学生のアルバイトとして認められる「週28
時間以内」という〈法令を遵守〉していれば、経費支弁能力のない
留学生たちは日本での生活を続けられない。在ブータン日本大使館
の言う〈大前提〉が、そもそも成り立たないのだ。 しかも彼らは
日本人が嫌がる仕事で酷使され、稼いだ金の多く
を日本語学校などに学費として吸い上げられる。そんな生活を続け
ていれば、自らの境遇を恨み、来日前には憧れていた日本という国
自体にまでも反感を持つようになって当然だ。そうした外国人の若
者たちと、筆者はこれまでどれだけ出会ってきたことか。だからこ
そ、現状を改めるべきだと訴え続けている。 河野外相はブータン
訪問時、1億8300万円の無償支援を約束した。ブータンの若手官僚
が日本で学位を取得するための留学に使われるのだという。 その
一方で、「学び・稼ぐプログラム」で来日したブータン人には、借
金を抱えたまま母国に戻る者が出始めている。翌年分の学費が払え
ず、帰国を余儀なくされるケースもある。もちろん、借金の返済は
ブータンに戻った後も続く。同じブータン人でも、
現政権下でうまくやっている若者は日本人の税金で日本へ留学でき
、その他の留学生は逆に日本で食い物にされてしまう。 本稿で紹
介した留学生ドルジ君(仮名・20代)も、日本での大学院進学はす
でに断念した。職を求めて英語圏のオーストラリアに渡りたがって
いるが、その術は見つかっていない。彼の人生は、日本への留学で
大きく狂ってしまった。新興国の若者を食い物にする「偽装留学」
「幸せの国」ブータンからやってきた留学生たちの問題について、
ここまで6回にわたって詳しく寄稿させてもらった。それはこのテ
ーマが、筆者が長く取材し続けている留学生、そして外国人労働者
の受け入れをめぐる現状を象徴していると思えたからだ。 数字の
うえでは、日本政府の「留学生30万人計画」は2017年
末時点で達成された。しかし、その中身はおぞましいものである。
確かに、留学斡旋ブローカーや日本語学校、低賃金・重労働を厭わ
ない外国人を求める経済界には大きな恩恵はあった。しかし、同計
画が国益に叶う政策だったとはとても思えない。 安倍政権は外国
人労働者に対して新たな在留資格「特定技能(仮称)」を創設する
と打ち出した。今秋の臨時国会で入管難民法を改正し、来年にも新
資格のもとでの受け入れを目指すという。受け入れ対象の職種には
、建設、造船、介護、農業、宿泊に加え、食品加工なども入りそう
だ。留学生の徹夜労働が頼りのコンビニ弁当の工場は、「食品加工
」として外国人労働者を受け入れられるのか、同じく留学生への依
存が著しいホテルの清掃も、「宿泊」分野で認め
るのだろうか。 たとえ弁当工場やホテルで外国人労働者が「特定
技能」という資格で受け入れられても、留学生の労働力なしでは回
らない職種は他にも多い。膨大な数に膨れ上がった日本語学校、そ
して日本人学生の集まらない大学や専門学校の生き残りのためにも
、今後も出稼ぎ目的の“偽装留学生”は受け入れられていくに違い
ない。 送り出し国も、ブータン以外の国にも広がっていくことだ
ろう。そうなれば、ブータン人留学生たちが日本で直面しているよ
うな不幸も繰り返されていく。人手不足を言い訳にして、この国は
いつまで新興国の若者たちを食い物にするつもりなのだろうか。
(了)

出典 https://www.fsight.jp/articles/-/44143
https://www.fsight.jp/articles/-/44144
https://www.fsight.jp/articles/-/44145
https://www.fsight.jp/articles/-/44149
https://www.fsight.jp/articles/-/44150
https://www.fsight.jp/articles/-/44151
新潮社 Foresight
出井康博 2018年8月28日
>
出井康博1965年岡山県生れ。早稲田大学政治経済学部卒。英字
紙『THE NIKKEI WEEKLY』記者を経てフリージャーナリスト
に。月刊誌、週刊誌などで旺盛な執筆活動を行なう。
主著に、政界の一大勢力となったグループの本質に迫った『松下政
経塾とは何か』(新潮新書)、『年金夫婦の海外移住』(小学館)、
『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社
+α文庫)、本誌連載に大幅加筆した『長寿大国の虚構 外国人介
護士の現場を追う』(新潮社)、『民主党代議士の作られ方』(新
潮新書)、『襤褸(らんる)の旗 松下政経塾の研究』(飛鳥新
社)。最新刊は『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)。

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