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2011年10月に作成された記事

10月31日(月) 中国(通遼/内蒙古)

3時30分起床

4時 通遼火車站に着く。

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そのままホテルにチェックイン、仮眠

8時30分 起床
9時 朝食
10時 日本語学校訪問(申請書類の受取り)

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7月期入学希望者と父親の面接

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打合せをした。(昼食を食べ損なう)

14時 教育局長への表敬訪問

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15時 高校に校長先生への表敬訪問

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16時 高校に校長先生への表敬訪問

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17時 夕食

20時 ホテルに戻り

記録整理など
このホテルのネットは、いままでと比較して速いです。

24時 就寝


以前、プログで紹介した、その後です。
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<続報>母親刺傷の中国人留学生に3年6カ月の一審判決―上海市
2011年10月31日(月)18時35分配信 Record Chinaから転載

2011年10月31日、日本に留学中の中国人留学生が仕送りの問題で揉めた母親を刺した事件で、上海市浦東新区法院(裁判所)は被告の汪(ワン)に懲役3年6カ月の一審判決を下した。傷害罪で起訴された被告はすでに精神鑑定で統合失調症と診断されており、今後の公判では被告の責任能力の有無が争点になっていた。東方ネットの報道。

東日本大震災の発生から間もない今年3月31日、被告の汪(24歳・男)は留学先の日本から一時帰国した。上海浦東国際空港には母親が迎えに来ていたが、2人はその場で口論となり、汪は護身用にと持ち歩いていたナイフで母親を複数回にわたって刺し、重傷を負わせた。汪は帰国直前、母親に仕送りを要求していたが、これを拒絶されていた。

その後、拘束中の被告には精神鑑定が行われ、6月には統合失調症と診断された。同時に、「限定責任能力と裁判を受ける能力あり」と認定されている。今回の判決では、検察側の主張する傷害罪が認められた。弁護側は事件当時の責任能力に問題ありと訴えていたが、この「責任能力」の解釈については「自身の病識に欠けていた点に関してのものであり、犯行時に心神耗弱状態であったことを表すものではない」と弁護側の意見を退けた。汪被告は数年前から幻聴や被害妄想などを訴えていた。(翻訳・編集/愛玉)


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10月30日(日) 中国(呼和浩特市→赤峰市)

(この記事は、10月31日に入力しました)

5時30分 起床
6時 ホテルをチェックアウト
タクシーで空港に行く

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8時10分 呼和浩特空港 発

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(機内食が出た)

9時15分 赤峰空港 着

10時 学校で状況説明を受けて、打合せ

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12時 (昼食)

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14時 留学説明会

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資料づくり

18時 夕食

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21時 赤峰火車站 着
23時10分 赤峰火車站 発 (夜行寝台)

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10月29日(土)中国(内蒙古/呼和浩特市)

((この記事は、10月31日に入力しました)

10時から、学校訪問
現在、日本語を勉強している学生に、日本留学事情を説明する。

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12時 食事

14時 学校訪問
※2カ所の学校を訪問したが、全て閉鎖をしていました。

ホテルにもどり、荷物整理と明日以降の資料づくりをしました。

23時 就寝

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10月28日(金)中国(内蒙古/呼和浩特市)

学校を訪問しました。
説明会をしましたが、みなさん来年の7月入学希望です。
来日するまで、とにかく日本語を勉強しましょう。

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10月28日(金)中国(内蒙古/呼和浩特市)

今日は、学校訪問と、4月期生にご紹介がありましたので、面接をします。

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下記のニュースの留学生が低年齢化…は、募集していて実感します。
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高校生が海外留学の「新鋭部隊」に、専門家は「単なる金のなる木にならぬよう」警告―中国
2011年10月28日(金)11時21分配信 Record Chinaから転載

2011年10月26日、中国紙・中国教育報は、海外留学する若者の数は毎年20%以上の割合で増えており、特に高校生が「新鋭部隊」となっていると報じた。中国は今や世界最大の留学生供給源となっている。

中国教育国際交流協会によると、海外留学する学生は2008年から毎年24%以上の割合で増えている。昨年の内訳は「大学本科生」62%、「高校生」22.6%、「大学院生」約10%。特に高校生の割合が2006年から急増し、低年齢化が目立つという。こうしたニーズを見込んで、15日に開催された「2011中国国際教育展」には日・米・英・仏・豪など世界3カ国・地域から5000校以上が出展した。

中国の若者の就職難と人民元安が留学ブームを後押ししているようだ。こうした風潮を各国政府は歓迎し、中国人留学生の争奪戦が始まっている。ところが、「その目的は教育の国際化を名目とした金もうけだ」と香港城市大学の程星(チョン・シン)博士は指摘。「動機が『金』なら、良質な教育は受けられない」と警鐘を鳴らしている。

ほんの20年ほど前までは一部の限られたエリートもしくは金持ちしか海外に出られなかったが、今や留学が「大衆化」したとまで言われるようになり、留学帰りがもてはやされる時代ではなくなった。程博士は「意義のある留学にするにはどうすべきか。しっかり議論していく必要がある」と指摘している。(翻訳・編集/NN)


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10月27日(木) 中国(内蒙古/呼和浩特市)

午前中は、洗濯とネット
昼食を食べて、14時30分から(当地の人の多くは昼寝をします)の仕事開始時間にあわせて、学校を訪問しました。
昨年まで800人居た学校ですが、今年は60人位しかいない。原因は、経済の発展により、お金持ちとなり、アメリカ・カナダなどへの希望が多く、日本留学は少なくなったと説明された。
先日の留学手続きを、自分でやると言う人が増えていると言うニュースを、聞いてみたら実際に紹介業務は激減しているとの事でした。

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暖房が故障しているのでと、寒い教室では学生にかわいそうなので、現在は別の場所で授業しているといいましたが、実際学生を一人も見ることは出来ませんでした。

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途中で見た、夕陽、見事でした。

日本語教師をしていた、N先生宅を訪問して、厚かましく入れたてのコーヒーをご馳走になりました。

夕食は、日本を出てから1週間立ちましたので、日本食を食べました。

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とんでもない、間違いが多いメニューです(カタカナ語は難しいのですね)


ホテルに戻って、また洗濯とネットをしています。

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10月26日(水) 中国(大連→呼和浩特)

早朝6時に、大連港に入港した。

シャトルバスで港から大連火車站に、旅順行きのバスを探す。

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バスは、8時30分発だが、満席にならないと発車しないと運転手、行きに2時間、帰りに2時間、大連空港13時15分発(飛行場に1時間前としても)に間に合わない可能性がある。

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タクシーなら1時間と言うので、「エイ」と乗り込んで、旅順にある大学に行く。
この学生は、内蒙古からなのですが、現在は旅順の大学にいる。最初は、大連に来てもらって面接(親は既に面接が終わっている)の予定でしたが、学校行事で来れないと連絡があり、こちらから出向くことにしたのです。

でも、躊躇していた。
約20年前に、大連の町中で「旅順」行きのバス停を見つけ、乗ったことがあります。
その時は、当時の一人旅のバイブル「地球の歩き方」には、外国人の立入禁止区域(未開放都市)の表示が有りました。
なぜか、旅順の終点で降りた所で、中国人から「ここは、来ては行けません、直ぐに大連に帰ってください」と言われた。その後、公安が来て、帰りのバスに乗るまで、そばに居た。
怖かったです。
又か…

大学の正門で待ち合わせて、無事終了。

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タクシーには、待っていただき空港に直行、往復260元(空港に着いたときは、メーターが300元を示していたが、割引してくれた)を支払う。

空港でお昼(海鮮ラーメン)メチャまずかった。

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飛行時間3時間で、内蒙古・呼和浩特(フフホト)に着きました。

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このホテルのネットは今までと比較すると、速いです。
今夜は写真を入れます。


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10月25日(火) 中国(威海→)

昨夜は、遅いネットに手こずりながら、メールを見て返信、結局五山2時に就寝
6時に起床、朝食

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食事中に、千葉県内の日本語学校の校長先生から電話が入った。
昨日、火車の中で見たFBに「中国に来ているの…」とメッセージがあったのですが、日本を離れていても
声が聞こえるとうれしいです。
先生は、長沙から北京・大連と廻るらしいのですが、私は明日に大連ですので、ん、お会いできませんですね。
情報交換をしました。

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事務所で、4月期申請書類の内容確認作業をしました。

夜の船で大連に向かいます。

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(船内で食べた、夕食です)

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10月24日(月) 中国(済南→灘坊→威海)

23時30分 威海(山東省)に着きました。

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済南の駅前で見つけた求人ポスター、おおよその給料が判ります。

朝、済南を出発、灘坊に到着

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(ほぼ満員でした)

日本語学校の先生と状況の話をする。
日本語学習者の減少で、市内の学校が閉鎖されたりしているとのこと、留学希望者は少なくなった。
中学生で日本語を勉強しているので、現状より将来に夕目を託したいが、それまで経営が持つかと
心配していた。

夕方の火車で、威海に向かう。

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隣の席に居た大学生です。モデルのアルバイトをしているとかで、日本留学に興味があると話をしていた。

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真夜中に着きました。


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米国の学校の食い物にされる中国富裕家庭の子女たち―米メディア
2011年10月23日(日)8時14分配信 Record Chinaから転載

2011年10月20日、ブルームバーグは、中国の富裕家庭の子どもたちが米国の学校の私利をむさぼる道具にされていると報じた。21日付で新華網が伝えた。

2009年、中国東北部に住む王冠(ワン・グワン)さん(19)の両親は仲介料として4700ドル(約36万円)を業者に支払い、王さんを米国・コネチカット州の“一流”寄宿学校に入学させた。業者は入学案内の際、「学費は年間5万2000ドル(約398万円)、155人いる寄宿生のうち中国人学生は20人のみ」と説明した。

だが、入ってみたら実情は全く違う。王さんによれば、寮には中国人学生ばかりで英語を話す機会はない。学校自体も“一流”とは程遠く、米国人学生は教科書も出さずに机に伏して寝ている始末。大学進学適性試験(SAT)の点数も全国平均以下で2005年以降の大学進学者はわずか1人だけ。

校長によれば、米国人学生のうち半分は注意欠陥障害(ADD)や自閉症などを抱えている。昨年は約40人の寄宿生が中国人だったという。王さんは「ここでは真の米国教育は受けられません。とても残念です」と言い残し、間もなく同州の別の中国人学生が少ない高校に転校した。

不況の影響で米国では寄宿制の高校に入学する金持ちの生徒が減少。そのため、多くの学校が生き残りのため、こうした口八丁の業者に頼る形で中国の富裕家庭から金をむしり取っている。背景には子どもに米国の学位を取らせたいという切実な親心がある。

米国土安全保障省によると、米国の私立高校に入学する中国人学生の数は2005~2006年の65人から、2010~2011年は6725人と100倍以上に増えた。韓国に代わり、米国の寄宿学校の外国人学生の中で最多を占める。だが、王さんのように半ば騙された形で入学するケースも後を絶たないという。(翻訳・編集/NN)

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10月23日(日) 中国(済南)

午前中に前回、広州で面接した学生が、父親を連れてきました。
お父さんは、2週間前に高いところから落ちて手首を骨折したとのことで、わざわざ済南まで来ていただき恐縮でした。

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説明と親の面接をしましたが、現在の勤務先の都合など考えて、10月期の申請となりました。


午後は、申込があり面接を予定していましたが、本人から断りの電話が有りました。
納入する学費が、半年分でいいと言う学校があったとのこと、習志野の1年学費は高いと言うのですが、学校の名前を聞いて、東京の隣だから来日したら遊びに来るように言ったところ、必ず行きますとの答えでした。

当地で日本語教師をしている日本人の方、旧友である大学の先生とお話をして、夕食をご馳走になりました。

ヤフーのページがあかないので、学院のメールを見ることが出来ません。
いったいどうしたのでしょうか。


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10月22日(土) 中国(上海~南京~済南)

上海虹橋火車站から、動車組(新幹線型の高速鉄道)で、南京に着きました。

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午前中に、当地で日本語教師をしている方との情報交換をしました。

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午後は、大学関係者との情報交換をしました。

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駅に向かっているとき、ふと気になって切符を探すが「無い」
どこのポケットにも、バックにも無い、無くしたとは言えないので、「あれ、切符が…」、無ければもう一回買うしかないと言われ、バックは逆さまにして探し、ポケットの中もひっくり返してみる。
「無い」
タバコの箱をひっくり返してみれば、一枚の切符が張りついている。サイズが一緒だから判らなかったのです。
「ひと安心」

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夜、再び動車組で、済南南火車站に、ホテルは済南火車站なので、バスで小一時間、真夜中に到着となった。

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10月21日(金) 中国(上海)

(写真は、10月26日に入れました)

昨夜、上海浦東空港に着きました。
(雨ですが、そんなに寒くありません)

今朝は、一人でホテルからバス、地下鉄と乗り継いで、人民広場まで行く。
昨夜から同行している王さんは、駅に切符を買いに行ったのです。
が、反対方向に行くバスに乗ったり、地下鉄の駅を探したりで、1時間のはずが2時間もかかってしまった。

今日の留学希望者は、今年の3月卒業した学生からの紹介です。
2人の学生ですが、面接の結果書類の準備をしてもらうことにしました。

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在校生や卒業生、そしてその親からの紹介はとてもうれしいです。

午後は、久しぶりに余園を訪ねました。
中国の携帯電話に入っているSIMを、マイクロSIMに情報を移せると聞いていたが、ヤッパリ出来ず
お店では、マイクロSIMがあるというので、新たに購入をした。
なんと、机から出した、SIMを、ホッチキスに似たものに挟んで、プチッと切り、「ハイ」とわたされた。

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エ、確かにマイクロサイズですが、これを入れても読みきれない。
だまされたかナ

帰り道の夕食に、名物の小篭包をいただきました。

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22時にホテルに帰りました。

ネットが遅くて写真まで入れられません。


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10月20日(木) 放射線量は、気にしないことにした。

放射能について色々と情報がありますが、このニュースは我が意をえたりと言ったところです。
私は、あまり気にしないで、線量で一喜一憂せず、自然体で過ごすことに決めていました。
放射線量は、現状で直ぐに何とかなることは無いですから、気にすることによるストレスの方が気になります。

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ラジウムの上で50年過ごした世田谷の92才女性 今でも健康体
2011年10月20日(木)7時0分配信 NEWSポストセブンから転載

一時は東京の各地に高濃度汚染地があるのではと疑わせる事態にまでなった世田谷の放射能騒動。しかし、福島第一原発によるものではなく、原因はこの家にあったラジウムの瓶だった。

騒動の舞台となった民家は、築60年ほどの木造平屋建て。現在は空き家になっているが、今年2月まで、92才の女性・A子さんがひとりで住んでいた。

「A子さんが引っ越してきたのは、50年ほど前の、昭和35年ごろのことです。瓶自体も同じくらい古いものなので、当時からあったとみられています」(全国紙記者)

ということは、この「放射能おばあさん」、ラジウムの上で50年も生きてきたことになるのだが、放射能の影響は受けなかったのだろうか。

A子さんは、証券会社に勤める夫とともに、この家に引っ越してきたという。現在、彼女は介護老人保健施設に入所しているが、特に病気ということはなく、夫も10年ほど前に亡くなったが、放射能を受けた人がなりやすい白血病やがんが死因ではなかった。夫妻には、2男1女がいるが、その子供たちもここで育った。次男の妻・B子さんがいう。

「お義父さんは、82才のときに老衰で亡くなりました。義母も耳は遠いし、記憶もぼやけていますが、重い病気にはかかっていません」

子供たちがこの世田谷の家を出て久しいが、ときには、庭の手入れや掃除などに来ることもあったという。現在、子供たちは3人とも50~60代だが、「みんな健康体」だという。

「主人も姉も弟も結婚して家を出るまで、その家で過ごしましたが、全員健康でいます。私には娘がいますけど、娘も健康です。放射能がこれだけ騒がれていて、私たちも普段から食べるものとか気をつけていたのに、まさか身近でこんなことが起こるなんて…」(B子さん)

青天の霹靂といった感じだが、ラジウム入りの瓶が発見された場所は、A子さんの寝室だった。

「和室で畳の部屋なのですが、義母はベッドを置いてそこで寝ていたんです。ちょうどベッドの斜め下あたりが床下収納になっていたんですね。誰も触らないし、そんなモノがはいっていたこともまったく知らなかったようです」(B子さん)

つまり、A子さんはラジウム入り瓶の木箱のすぐ上で毎日寝起きをしていたのだ。計測された放射線量から推測すると、A子さんは1年間で30ミリシーベルト近く外部被曝していた計算になるという。これは震災後、国が計画的避難区域の基準とした20ミリシーベルトを上回っている。

この家に50年間住んでいたということは、単純計算すると、これまでに浴びた総被曝量は1500ミリシーベルトにもなる。放射性物質に詳しい中部大学教授の武田邦彦氏によると、実際にこれだけの量を被曝しているならば、「白血病になってもおかしくない」という。だが、それでもA子さんは90才を超えたいまも健康体。

「外部被曝のみをしていたと考えられます。確かに高濃度ではありますが、1年30ミリシーベルトといった放射能の影響を示す数値は、あくまで目安です。健康被害を受けない人もいるということなんです」(武田氏)

※女性セブン2011年11月3日号

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成田空港 19時30分発(CA920)で、中国・上海に向かいます。
11月11日までの出張です。

いつもの中国民航(CA)機内食です

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10月19日(水) 中国からのお客様を見送る

昨日は、同行できないので、学院スタッフが一日プログラムを行ないました。

昨夜のサヨナラ夕食会

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午前中に「釣り」「プールでのスイミング」「買い物」と、今朝はホテルから成田空港に送りました。
中国での再会を約しました。

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午後は、出発前の準備です。

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10月15日~11月11日 中国の訪問(予定)

2012年4月期生の募集活動も、いよいよ大詰めになりました。
今回の訪問は「ノーピザ」の2週間を越えますので、ビザをとり、航空券の予約もできました。


10月20日~11月11日
成田→上海→南京→藤州→済南→灘坊→威海→大連→呼和浩特→赤峰→通遼→長春→吉林→瀋陽→
福州→福清→宇波東→杭州→上海→成田


10月20日(木) 1
成田空港 19:30(CA 920)→21:50上海浦東空港 (泊)上海

10月21日(金) 2
上海市内(面接 2人) (泊)上海

10月22日(土) 3
上海虹橋火車站 07:25 (D 316)→08:53 南京南火車站 (面接 1)
南京南火車站 17:09(G20)→19:21済南西火車站 (泊)済南

10月23日(日) 4
済南市内(面接 3人) (泊)済南

10月24日(月) 5
済南 9:12(D6005)→10:38灘坊 [学校訪問] 灘坊16:34(K8263)→22:42 威海 (泊)威海

10月25日(火) 6
[申請書類の整理・他] 威海港 22:30→(船内泊)→

10月26日(水) 7
→06:30 大連港 (面接 1人) 大連空港13:35(GS7470)→16:30 呼和浩特空港 (泊)呼和浩特

10月27日(木) 8
呼和浩特市内(面接 5人) [学校訪問] (泊)呼和浩特

10月28日(金) 9
呼和浩特市内(面接 1人) [学校訪問] (泊)呼和浩特

10月29日(土) 10
呼和浩特市内 [学校訪問] [学校訪問] (泊)呼和浩特

10月30日(日) 11
呼和浩特空港10:05(GS7469)→11:10 赤峰空港 [学校訪問] 赤峰火車站 23:10(1801)→(車中泊)→

10月31日(月) 12
→04:10 通遼火車站 [学校訪問] (泊)通遼

11月01日(月) 13
[学校訪問] (泊)通遼11月02日(火) 14
[学校訪問] (泊)通遼

11月03日(木) 15
[学校訪問] 長春火車站 17:17(K75/78)→18:51 吉林火車站 (泊)吉林

11月04日(金) 16
吉林市内 (面接 1人) 吉林火車站14:56(D5066)→18:14 瀋陽火車站 (説明 1人) (泊)瀋陽

11月05日(土) 17
瀋陽空港 12:50(MF8062)→17:15 福州空港 (説明 1人) (泊)福州

11月06日(日) 18
福州→福清 (面接 2人) (泊)福清

11月07日(月) 19
福清火車站 10:56(D3118)→14:33 寧波東火車站 寧波市内 [面接 1人] (泊)寧波

11月08日(火) 20
寧波東火車站 09:21(D5482/5483)→10:59 杭州火車站 杭州市内[学校訪問] (泊)杭州

11月09日(水) 21
杭州火車站 13:43(D5690)→13:43上海虹橋火車站 (泊)上海

11月10日(木) 22
上海市内(面接 2人)   (泊)上海

11月11日(金) 23
上海浦東空港 09:55(CA929)→13:50 成田空港

※現地の都合により訪問都市の前後、時間の変更があります。

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10月18日(火) 出張準備と東京での会議

朝、出勤前に荷物を詰める。
午後は、日本語教育振興協会の「トップセミナー実行委員会」に参加した。
私自身は、第3回の岐阜から参加しています。
このサミナーは、日本語教育機関の代表者としての勉強会だと位置づけて、これまでの歴史、先輩校のご意見、などの意見交換は自分自身の考え方をまとめる良い機会でした。
昨年も実行委員として応募したのですが、今年も応募しました。
大変、刺激になる内容でした。

下記のニュースに注目しています。
特に、5 です。
「自己申請による留学申請者数が増価傾向にある」と言うことです。
「うち32%が自己手続きによる留学を選択しており…、これからは学院に直接申込をもっと力を入れていかなければならないと思います。
習志野外語学院は、従前から在学生・卒業生、あるいはその親からの紹介が大変多く、全体の半数を越える。
学院の評価だとも思っています。
これからも、精進しましょう。

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世界最大の留学生派遣国・中国、海外高校への留学者数も増加傾向に―中国メディア
2011年10月18日(火)6時5分配信 Record Chinaから転載

2011年10月15日、中国広播網は同日北京で開催された「2011中国国際教育展」について取り上げ、現在の中国人留学生の動向について伝えた。

中国国際教育展は中国最大規模の国際教育展のひとつで、中国の留学市場動向を知ることができる風向計ともいわれている。中国教育国際交流協会の姜波(ジアン・ボー)秘書長は、中国から海外への留学者についての特徴を次の5点にまとめて紹介した。

1、中国は現在世界最大の留学生派遣国となっており、1978年から2010年までで、中国人留学生の数は190万人以上となっている。

2、2008年に海外留学者数が2ケタ増となり、以降、毎年24%以上の増加となっている。

3、海外留学者の低年齢化傾向がみられる。2006年から2010年までで、留学生の大半は大学本科生だが、高校生の割合も増加傾向にある。

4、中国人留学生の留学先は、米国を筆頭に、英国、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、ニュージーランド、シンガポールと続く。

5、自己申請による留学申請者数が増価傾向にある。うち32%が自己手続きによる留学を選択しており、40%が留学仲介業者と自己手続きを組み合わせた方法を採っている。(翻訳・編集/中原)

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10月17日(月) 富士山を廻る旅(二日目)

天気は、最高です。
先日の「校外学習」は、台風で全く見ることが無かった富士山が、しっかり見えました。


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夕方に、習志野外語学院に到着、卒業生・在校生(1年)・在校生(7月入学)と3人の学生が、日本留学・生活について話をしました。


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10月16日(日) 富士山を廻る旅(一日目)

今日は、楽しみにしていた中学校の同窓会だったが、残念だが欠席をすることにする。
木更津から金谷に、フェリーで久里浜に、東名を通って白糸滝で昼食をした。
富士山五合目まで登り、山中湖のホテルに泊まりました。

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10月15日(土) バンコク→成田、そして入学式

8時 成田空港に帰りました。
9時 学院に直行
10時 いったん帰宅、床屋に行ってサッパリ
13時 入学式

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↑在校生代表の歓迎挨拶(中国の劉さんです)

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↑新入生代表の挨拶(ミャンマーのモーさん)

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18時 スリランカ学生で、専門学校に進学、日本で就職(この間に、母国で結婚した)、そしてお母さんが来日したと連れてきた。

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中国の内蒙古から、教育長と校長先生が日本の教育事情の調査、交流のために来日したので、ホテルに行く。
明日から1泊で富士山に案内します。

今回の南アジアの出張は、通信環境が悪く、ブログの更新が出来ませんでした。
今後、順次アップしていきます。
ミャンマーは、まいりました。
日本から持っていったDoCoMo、ソフトバンクも全くアクセスできないのです。

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10月14日(金) ヤンゴン(ミャンマー)→バンコク

お昼間で、書類などの整理をしてました。

午後に、ホテルを出て、ヤンゴン空港近くの戦没者慰霊碑をお参りしました。

ヤンゴン空港(ミャンマー)から、バンコック空港(タイ)に、そして深夜便で成田に向かいます。

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10月13日(木) ヤンゴン(ミャンマー) 説明会

ホテル(ゲストハウス)から歩いて5分の学校に行きました。

午前中は説明会です。

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お昼は、道端の屋台で食べる。(隣には、さっき説明会に居た学生が居ます)

午後は、面接をしました。

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10月12日(水) ホーチンミン→バンコク→ヤンゴン(ミャンマー)

今日は、移動日です。
ホーチンミン空港(ベトナム)からバンコック空港(タイ)、そしてヤンゴン空港(ミャンマー)には、深夜に到着です。

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10月11日(火) ホーチンミン(ベトナム) 留学説明会

卒業生が、習志野外語学院への留学説明会を計画してくれました。

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10月10日(月) ホーチンミン(ベトナム)面接

昨日、試験終了後に夕食を食べてコロンボ空港に、深夜発の飛行機でバンコック空港に、乗り換えてホーチンミン空港に着きました。

午後には、卒業生が紹介してくれた入学希望者に説明と面接をしました。

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10月09日(日) コロンボ(NAT-TESTの会場に)

今日は、一日試験監督です。

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終了後に、打合せと夕食、深夜に空港に直行、コロンボ空港に向かいます。


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10月08日(土) コロンボ(学校訪問)

昨夜と言っても、ホテルについてのは今日でした。

4時間位の仮眠をして、朝から学校を訪問した。

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お昼は、先生達の手作りのカレーをご馳走になりました。
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10月07日(金) 成田→バンコック→コロンボ


成田空港 11時00分(TG641)→ 15時30分 バンコック空港

バンコック空港 22時25分(TG307)→

(10月8日)00時15分 コロンボ空港(スリランカ)

眠たい…

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10月06日(木) 事務処理と明日からの準備

昼前に、ミャンマー留学生を支援している方がお見えになった。
お昼も忘れて、話をしてしまいました。


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明日からの準備をしなければ…

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10月05日(水) 中国(広州→成田)

20時、定刻に成田空港に着きました。
外は、土砂降りで傘を指しても、帽子からジャケットまでずぶ濡れになってしまいました。
身体が、中国という乾燥地にいたので、ここちよい気持でした。

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10月04日(火) 中国(仙遊→広州)

昨日の17時30分に発車して、真夜中12時に停車し休憩、走りっぱなしで、早朝6時に広州長途汽車站に着いた。
日本の夜行バスは、リクライニングシートですが、中国のはベッドです。
ぐっすり、眠りました。(風邪も治りました)

いったん、ホテルに入ってシャワーでサッパリ、これから面接に行きます。

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10月03日(月) 中国(福州→遊仙→)

福州か、バスで卒業生の家庭訪問です。

4月期生を紹介してくれました。

夕方の夜行寝台バスで、広州に向かいます。

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10月02日(日) 中国(撫順→瀋陽→福州)※今回の最長移動距離

撫順から、瀋陽机場(飛行場)に、昼の飛行機で、福州まで飛びました。

6時間かかりました。
着いた、福州は、気温25℃、天気は雨、とにかくいままでの「寒い」から一転して「暑い」、半袖で充分。

夕食を、久しぶりに会った王先生と2時間も話をしてしまった。

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10月01日(土) 中国(瀋陽→撫順) ※中国は今日から秋の大型連休です。

まいった。
瀋陽長途汽車站は、ホテルから約800mと言われて、歩いていくが、4回間違って、たどり着くのに30分以上かかった。
で、来てみれば、長蛇の列で、いつ乗れるかも判らない。
たまたま、普通は11元の所を、ミニバスで25と表示があって、10分お気に出るというので、並び替えたが、車は来ず。長蛇の列は、次々とバスが来てドンドン乗り込んでいく。
寒くて、立っているのがつらい、乗れたのは、ホテルを出てから1時間40分後でした。
また、このミニバスの運転が荒っぽい、いままでで最悪の運転手でした。

遅い昼食後、学生と母親にあう。

ホテルでいったん休憩し、夕食は地元の中専の学校の先生とたべた。

食後、足壺マッサージを探すもなし、早いけど寝ます。
鼻水が止まらないが、食欲はあるので、大丈夫です。

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